高松高等裁判所 昭和42年(う)32号 判決 1967年6月30日
本店
愛媛県南宇和郡御荘町中浦六二八番地
大濱漁業株式会社
右代表者代表取締役
濱田素司
本籍並に住居
愛媛県南宇和郡御荘町中浦一、〇四〇番地第一
元会社役員
濱田憲三
明治四一年三月五日生
右の者らに対する法人税法違反各被告事件について、松山地方裁判所が昭和四一年一一月一一日言渡した判決に対し各被告人より適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官山崎金之介出席の上、審理して次のとおり判決する。
主文
被告人濱田憲三の本件控訴を棄却する。
原判決中被告会社に関する部分を破棄する。
被告会社を原判示第一の罪につき罰金一〇〇万円に、同第二の罪につき罰金二五〇万円に、同第三の罪につき罰金三〇〇万円に各処する。
理由
本件各控訴の趣意は、記録に編綴してある弁護人武田博作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
所論は要するに、被告人らに対する原判決の各量刑はいずれも重きに過ぎ不当であるというにある。
そこで原審で取調べた各証拠に当審における事実取調の結果を総合して検討するに、本件犯行の罪質、態様、殊にその犯行期間が長期間で、手段方法が計画的、大胆かつ巧妙であり、その逋脱を図つた法人税額が二、七一七万円余に達するものである点、しかも犯行は専ら被告人憲三の発意によりその指示に従い行なわれたものであることに鑑みれば、原判決がその理由中で量刑の事情として説示する情状に所論の各事情を参酌しても、被告人憲三が原審の科刑程度の刑責を負うのはやむを得ないところと思料されるので、同被告人に対する原判決の量刑が重きに過ぎるとはとうてい認められない。しかしながら、被告会社が資本金僅か三〇〇万円の小企業であるにかかわらず、本件犯行発覚後いわゆるガラス張りの経理を実行しながら、本件脱税の本税、過少申告加算税、重加算税等の合計約五、五〇〇万円を、犯行発覚後約三年、原審判決言渡の二年数箇月前までにすでに完済している点につき、被告会社並に従業員の努力と誠意は相当汲むべきものがあること、被告会社の従業員約四〇〇名の生活が被告会社の経営の成否にかかつているが、多額の罰金額は脆弱な被告会社の経営の基礎を危うくする虞れがないとはいえないこと、その他前記原判決説示の情状並に所論の各事情の外、被告会社の漁場が国際情勢の変化によつては、必ずしも安定したものでないこと及び現時のわが国の経済状勢等諸般の事情を考慮すれば、被告会社に対する原判決の量刑はいささか重きに過ぎるものがあると思料される。従つて被告人憲三の論旨は理由がないが、しかし被告会社の論旨は理由がある。
以上の理由により被告人憲三の本件控訴は理由がないから刑訴法三九六条によつてこれを棄却するが、被告会社の本件控訴は理由があるので、同法三九七条一項、三八一条により原判決中被告会社に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において直ちに判決する。
原判決挙示の各証拠(但し、判示事実すべてにつき田代俊男の検察官に対する供述調書とあるを、田代俊郎の検察官に対する供述調書と、判示第三の事実につき森田哲夫作成の上申書とあるを、森田吉一作成の上申書と、宮崎美代子作成の普通預金元帳写二通とあるを、富崎美代子作成の普通預金元帳写二通とそれぞれ訂正する)により原判示事実を認定し、被告会社に対する原判示各法条を適用し、原判示第一の罪につき被告会社を罰金一〇〇万円に、原判示第二の罪につき被告会社を罰金二五〇万円に、原判示第三の罪につき被告会社を罰金三〇〇万円に各処する。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 呉屋愛永 裁判官 谷本益繁 裁判官 大石貢二)
控訴趣意書
本店 愛媛県南宇和郡御荘町中浦六二八
大濱漁業株式会社
右代表者代表取締役 濱田素司
本籍並びに住居 同県同郡同町中浦一、〇四〇の一
元会社役員 濱田憲三
明治四三年三月五日生
右の者に対する法人税法違反各被告事件について、弁護人は控訴趣意書を提出すること左の如し。
控訴の理由
第一、被告人大濱漁業株式会社に関する控訴の理由
被告人大濱漁業株式会社(以下単に被告会社という)に対する量刑として原判決判示第一の罪につき罰金二〇〇万円、同第二の罪につき罰金三二〇万円、及同第三の罪につき罰金三四〇万円にそれぞれ処せられたのは、次に指摘する情状を考慮するとき、重きに失するものと思料する。
記
一、被告会社は本件により逋脱した法人税額総額金二七、一七七、四二〇円の二倍余にあたる重加算税額利子税額及延滞加算税額、総額金五四、六五九、二五〇円を原審判決より約三年五カ月前である昭和三八年五月一四日迄に所轄税務署に納付完了していること。
被告会社は原判決認定の通り昭和二五年一〇月一六日に設立された同族会社で資本金僅かに三〇〇万円を以て、主として東支那海及黄海を漁場とし、一部瀬戸内海に於て操業する大型及中型まき網漁業を事業目的とする株式会社であるところ、右逋脱税額に対する重加算税等の納付に付ては、代表者は勿論、従業員たる漁夫其他船員等が打つて一丸となつて、事業に専念すると共に経費を節約し、因つて得た漁撈収益中より、法定の納税をした後、捻出した金額を蓄積したもので換言すれば被告会社全従業員の膏血をしぼつたものである。
もとより右金員の納付は国法に基く義務であり、殊に不正に対する償いであるから、その為に関係者が辛苦を重ねることも之亦当然のことではあるが、過ちを直に悔い改め、全力を尽して被害を償い終つた者に対しては、法の涙がそそがれる場合のあることを示されることも、刑政の目的に沿うものではなかろうか。
その様に考えるときは、この上に被告会社に対し合計金八六〇万円の罰金を課せられることは、その量刑重きに失するものと思料する。
二、金五百万円をこえる罰金に処する場合は免れた法人税額が五百万円をこえ且つ情状により、之をこえる罰金に処すべき場合であること。
改正前の法人税法第四八条第一項及第二項の規定によれば詐偽その他不正の行為により法人税を免れた者は三年以下の懲役、若しくは五百万円以下の罰金に処し又は、これを併科するほか、右罰金額は、免れた法人税額が金五百万円をこえる場合、情状に因り五百万円をこえ、その免れた法人税額に相当する金額以下となすことが出来るとし、更に第五一条により違反行為をした行為者を罰する外その法人に対しても右四八条の罰金刑を科する旨を規定されている。
故に右両罰規定に因り法人に対し科せられる罰金の最高限は原則として金五百万円であり、免れた法人税額が之を超過する場合、之を超える罰金を科せられるものは、情状に因り必要と認められるときに限り、例外的に之を科せられるものと思料する。
之を本件に付て観ると、免れた法人税額が金五百万円を超えるものであることは明らかであるけれども、之を超える額の罰金に処する情状が在るか否かは充分に検討を要する事柄である。而して原審に於て証拠として提出された濱田一の検察官に対する昭和三六年五月一五日附供述調書及被告人濱田憲三に対する、同年同月一二日附供述調書によれば「被告会社の操業する漁場は当初は九州近海の対島及五島列島附近海面であつたが、同業者の競争次第に激化し、漁獲も亦減少したので、漸次漁場を遠くに移し、東支那海、黄海方面に出漁する様になつた為下関基地を出航後約三昼夜にして漸く目指す漁場に到着、爾後約一カ月操業した後、基地に帰着する方法による漁法に転じたことから、遠洋の荒海に堪える堅牢なる鋼船に全船舶を切り替える必要に迫られ、その建造資金を捻出する為と、何時来るかわからない不漁時期に備え、企業の安定化を計る為に、本件違反行為に及んだものであること」が認められる。
故に本件違反行為によつて達せられむとした目的は被告会社に所属する船舶の充実により従業員の安全操業を計り且つ企業の安定化により従業員並家族の生活の安泰をはかろうとしたものであるから単に会社又は役員等の営利のみを追及しようとしたものではなく、斯かる被告会社に対し、原則的科刑額を超える罰金に処すべき情状があるものとは認め難いので原審の科刑罰金額を更に軽減しなければ、重きに失するものと思料する。
三、被告会社は其の後健全なる営業を続け、地元漁民の子弟多数を雇傭し間接的に地域社会の福祉に貢献すると共に納税報国の実をあげていること。
四、若し原判決の罰金額が確定するときは、被告会社は資本金の約三倍に近い金額の納付を余儀なくされ、折角健全経営に移行している事業の将来に暗影を投ずる結果となり、被告会社は重大なる局面に直面する虞があること。
第二、被告人濱田憲三に関する控訴の理由
一、被告人濱田憲三は本件違反行為者であるからその責任は重大であるが、その違反行為に連累して被告人大濱漁業株式会社に多額の罰金を科せられることは、自己の科刑の大なることよりも更に精神的負担の堪え難きものを感ずるところである。
何故ならば、右大濱漁業株式会社こそは被告人濱田憲三が畢生の事業として守りたてて来た会社で之に加えられる制裁は吾身に振りかかる災厄よりも尚精神的に堪え難きものを感ずるからである。
二、被告人浜田憲三としては、自己の量刑の軽量に付ては、前敍の通り第二義的な感覚を持つものであるけれども尚原審の量刑懲役一年(但二年間刑執行猶予)を思うとき、被告人大濱漁業株式会社が罰金総額金八六〇万円に処せられていることと考え合せ、原判決は全体的にその量刑重きに失するものであると思料する。
従つて、希くは、もし仮に被告人濱田憲三に対する原審の量刑重からずと做すならば、被告人大濱漁業株式会社の罰金は、大巾に軽減されるべきものであると信ずるので本件両罰規定の適用を受ける原因を作つた当事者たる被告人としてその点を申添える。 以上
右の理由により原判決を破棄して更に相当なる御判決あらむことを求めます。
昭和四二年三月一三日
宇和島市京町二番五号
右弁護人 武田博
高松高等裁判所第一刑事部 御中